民俗史

この国の生いたち 高森明勅 PHP研究所

第一章の「日出ずる国」の成りたち を読み始めた時、作者が7世紀に注目するのは「日本がシナ中心の冊封体制を脱却して独立国としての地位を持った」ためだと書かれており、全く同じ歴史観を持つ人だと前のめりになり読み進めました。アジアにおいて7世紀に、つまり推古天皇・聖徳太子・蘇我馬子の時、唯一日本だけが中国と「対等」の国としてつきあおうとしていたという事実が、日本が他の国々と異なる最も大きな違いなのです。これが天武・持統に受継がれ「日本」が成立したのだというのが私の認識でもあるのです。その考えを前面に出す人の本を初めて手にしたと感激しました。しかし、残念ながら章を追うにつれ、私の「日本」感と、作者の「日本」感とは大きく離れていきました。神、神社、天皇に対する認識があまりにも異なります。
私の理解は、日本は神の国なのです。神とは、本居宣長の定義と同じ「尋常ならずすぐれたる徳のありて、可畏(かしこ)き物」のことを指します。これが全ての原点です。天皇が代々神であったのは、優れたる徳の体現者であったからです。私は、今の天皇皇后両陛下が東日本大震災の震災地を慰問される姿を見て、本当に涙がこぼれ頭が下がりました。冷たい体育館の床でスリッパもはかず、膝を折られて一人一人に言葉をかけられる姿、津波の爪痕を残す風景の中で深々と頭を下げられる姿、これこそが私達の天皇の姿なのです。現在の日本国憲法の中に唱われている「日本国民統合の象徴」とは、この「徳」を共通の規範とする民族こそが日本国民であり、天皇はその最高規範であるという意味なのです。だからこそ、日本は素晴らしい。そして日本人の道徳心はどの国も真似できないのです。今の天皇皇后両陛下は既に神なのかもしれません。
そして、神を祀る場所が神社です。「徳」を再認識し、「徳」に感謝する場所が神社なのです。神社は霊魂を鎮める場所ではありません。靖国問題を天皇や神社の問題と一緒に論じてはいけないのです。日本のために戦争で死んだ英霊の魂への祈りと、規範への信奉は全く次元の違う物なのです。確かに、皇室会議に天皇が臨席できないという現在の法律はおかしな話です。皇室典範に修正されるべき点があることは賛成ですが、だからと言って日本国憲法の根幹や天皇のあり方が間違っているとは思われません。「社会各般の驚くべき人道の頽廃」と表現される程、日本人は腐っていません。人々は天皇を規範としています。
根幹において賛同できない点は多々ある物の、こうやって反論しようと思わせてくれた書物であったことは確かです。その意味では、読んでよかったというのが感想です。(売店で販売中、中古品は送料がかかります。ご注意ください。書籍をクリックしていただくと売店に飛びます。)
Pasted Graphic 4

読みやすさ  ★★★★
着想の奇抜さ ★★★
論理の力強さ ★★